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こし、韓国に行く

韓国に行ってきた。スマートフォンで撮った縦長の写真はブログに合わない気がして,載せるのに忍びないので割愛する。起きたことや思ったことを淡々と書きたい。途中までは時系列に沿って,途中からは思いついたままに書いた。

韓国に行くことになった経緯

部活で知りあって,月に一回のペースで集まっては料理をしてだらだら飲む友人たちと飲んでいる際に旅行することになった。そのうち一人が研究が忙しく突発的な予定が入る可能性をゼロにできないので,彼は行かないことになった。今思えばこの時点で日程を改めて別の日にずらせばよかったのだが,なぜか一人欠けたまま二人で行くことになっていた。二人が行ったことなくてわりと近くて,うまいものが食べられるのはどこだろう,という議論を経て,韓国にすんなり決まった。友人はすぐに航空券を取ったため,16,000円程度に抑えられたそうだが,そこから二週間ほど経過して私がskyscannerにアクセスした時には,最低価格が37,000円であった。五日程度の休暇期間の中で,日時をある程度やりくりしてもその価格は動かなかったので,私は腹をくくって航空券を取らないことにした

近づいていく出発の日,そして縮まっていく私の胃。比較的予定が開いている友人が一日早く出発し,次の日に私が合流して二泊か三泊するという予定であったが,私は未だに硬直したままだった。今回の旅行に37,000円払うくらいなら,出発を三人目の友人が行ける日にリスケして,今回無駄になった16,000円を私が補填するほうが安くつく。早くから航空券を抑えてさえすれば,繁忙期でも20,000円を超えることはないのだから。しかし,その旨を伝えるでもなく,いつのまにか二倍になってしまった航空券を取ることもなく,ただただ硬直していた。私の悪癖である。

リスケしたほうが絶対いいよなとは思いながら行動に移せず,ここに行ってこういうものを食べようという友人からの連絡には力ない目で「ええな」と返信していた。いや,むしろ「ここもここも美味しいらしいで」と力強く返信していた。狂気の沙汰である。なお,友人は私が航空券を取っていないことを知っている。合気道太極拳をかじったこともない私であるが,いつのまにかその極意を身につけていたのか,のらりくらりメッセージや胃痛をかわし続ける間に,ついに友人の出発日前日になってしまった。その期間たるや二週間ほど。私が出発すべき日の二日前にまで至った。免許皆伝である。航空券は大台を突破し41,000円。直前なら安いのでは?という一縷の望みはジェットエンジンによりぶっ壊された。「もはや仙台とか行こうかな,16,000円やし」などとのたまい片目が腐り落ちた私に対し,友人はメッセージで「船なら多少安かったりする,船でいいから,頼むから来てくれよ」と熱いコメントを寄越して,彼は日本を発った。

彼が出発した日,つまり私の出発前日の夜,私は仲の良いキノコヘアーの友人たちと飲んでいた。キノコのうちの一人が水原希子を連れてきていて,四人で大いに盛り上がった。眼帯がズレて気味悪がられたのは言うまでもない。キノコたちは私が太極拳を披露していることを知っていて,至極まっとうに「航空券を取ろう,あるいはリスケの提案を」と励ましてくれていた。夜も更けていたころその話になり,初対面の水原希子も笑いながら「行くか行かないか,今決めたほうがいいんじゃない」と助言をくれた。次の日,日本にいればキノコたちのある活動に参加することになっていたので,彼女たちは「活動のことは気にせず,普通に約束を守って航空券を取ってくれ,もちろん活動に参加してくれるなら歓迎だけど」と当たり前も当たり前のコメントをくれた。私はウイスキーを煽りながら行かない-行くを繰り返し,そのたびに残った方の目玉は腐った柿のようにずり落ちたり,また頭蓋骨に戻ったりしていた。五分ほど悩んだ挙句,結局その場でスマホから航空券を取った。次の日の夕方の便。なんという呆気無い幕切れだろうか。43,000円であった。その後,朝方まで飲んで帰宅。最高の夜であった。たいそうごちそうになったので,隙を見てお返ししていかねばなあと思いながら帰宅。きのこ帝国というバンドが普通に良い,ご存知?という話をしたらご存知だったようでむせた。(キノコたちはきのこという呼称を知っている)

帰宅後仮眠を取り,目が覚めたら午前10時。やっぱり,行かんとこうかなあと布団の中で考えた。なんという判断力の欠如だろう。飲酒運転はもちろん,大抵のことは飲酒してやるべきではないな,私は。布団にくるまっていると,親から電話がかかって来た。無心の連絡をしていたのだった。前日の夜中3時に明日韓国に行くので小遣いをくれという息子に対して,母は小遣いを渡したいけど,近江牛・松茸の暴れ食いバスツアーに参加中で滋賀にいること。兄も仕事中なので,渡せない様子なので,兄嫁に連絡しておいたこと。兄の家に行けばなんとかなると言い,父は牛肉と松茸はそんなに多くは食べられないこと,隣のテーブルの80歳夫婦が3回おかわりしていて度肝を抜かれたこと,などを優しく伝えてくれた。これは行かざるを得ないなとようやく思う。
兄嫁を訪ねて小遣いをいただき,クセの強い店員の店でうどんを食べる。その店員はいなかった。

出発

空港に到着し,チェックインカウンターに向かう。英語をしゃべる脳にスイッチ切り替わってないから不安だったが,スタッフが日本人で拍子抜けした。問題なく搭乗口まで進み,スターバックスでラテを飲みながら研究室に3ミリくらいしか進捗がない旨を連絡。飛行機では隣のおっさん(韓国人)が新聞を読んでて,そのせいで肘が肘掛を完全に通り越して攻めて来たのでイヤホンを肘掛けにねじ込む体で精一杯の反撃を試みて縄張り意識を主張してから寝た。機内食はパイナップルだけ食べた。イミグレで長いこと待たされたせいもあって,22時過ぎに友人と合流。行く行かないの葛藤をあれだけ繰り広げたわりに,特に感慨深さはなく,たんたんと何を食べるか話した。

焼肉高い

前日に友人が行った時は開いていたけど行列がすごくて入れなかったらしい,有名な焼きホルモン屋が閉まっていて,お腹をすかせた私達は棒立ちになった。定休日は全く別の曜日だったし,開店時間内に伺っていたにもかかわらず,である。いきなり韓国の洗礼を受ける形となった。結局このホルモン屋はこの次の日もその次の日も店の前まで行ったのに見事に閉まっていて,初日に彼がみたのは幻だったのではないか,という話になった。

繁華街であるところの明洞に行き,適当な焼肉屋に入る。大家という名前だったように思う。盛り合わせが1人前5,000円した。柔らかかったしお腹いっぱいになったけどごく普通の満足度であった。べっ甲の丸メガネをかけた細身の店主が近くでまかないを食べていたのだけれどかなり酔っていて,上手な日本語で何度も我々に絡んできた。肩組まれたり握手されただけでは飽きたらず,キスする距離にまで顔を近づけられたり,ニヤニヤ目を見つめてきたりした。酔いのせいはあるし,陽気な人ということではあるのだろうけど,それだけだとは思えなかった。完全になめられているなあと感じ,情けなくなった。20代後半くらいの中国人女性4人組がいて,特別マナーが悪いとも思わなかったけれど,中国人はこれだからみたいな呪詛の言葉を店主が吐いていたのが印象的だった。店主がアニキと呼ぶ,カタギじゃなさそうな人はカタギじゃなさそうな男女グループ20人くらいをを引き連れてやってきて,グループの人たちは黙々とピビンパなどを食べていた。アニキと呼ばれる人はずっとニコニコしていて,我々にも少し話しかけてきた。やはり流暢な日本語であった。友人はこの二人を本当の兄弟だと思っているようで,私はそれは違うだろと思ったが,特に訂正しなかった。

全体として,焼肉屋は感動はなくてエクスペリエンスもあまりなかった。安くておいしいものを食べに来たんだけどなあ,高いGDPから繰り出される資本主義の鉄槌の威力を楽しみにして来たんだけどなあ。「え!こんなに安いの!日本だと倍はするだろうな!」というコメントを懐にこれでもかと忍ばせていたのになあ。もちろん普通には美味しかったし,妥当な金額なのかもしれないけど,期待が高かっただけに肩すかしだった。旅を終えてから振り返ると,明洞という立地が悪かった気がする。おそらく銀座や三越前みたいなもので,多少割高なのはしようがないのだろう。

ゲストハウス

0時を回って,疲れてしまったのでゲストハウスに戻ることにした。当然ながらみんな寝静まっていた。小さなベッドが一つと二段ベッドが一つの五畳ほどの部屋がわれわれ二人の拠点となる。その日は歯を磨いてすぐに寝てしまう。次の朝,シャワーを浴びた。トイレとシャワーが一緒で,一緒といっても普通にイメージするよりも三倍くらいトイレとシャワーの領域が接近していた。決して汚くはなかったけどぎょっとした。The White Stripesを彷彿とさせる白黒赤のタイルだったので,頭のなかはずーっとSeven Nation Armyのリフが流れる。徴兵制を敷く韓国で,”They are gonna rip it off.”だなあ〜と感じた翌朝にSeven Nation Armyかあと思うと感慨深かった。換気扇の外では焦げたパンの臭いがしていて,次第にカレーの臭いになった。また,最終日になるまで他のシャワールームがあることを知らなかった。友人だけ前入りしていて後から入ったのでスタッフからの説明とかは特に聞いていないのだ。何気なく先シャワー浴びていいでとか言ったらおれこっちのシャワー使うし同時でええやんと返され,え?ってなった。


呪詛の言葉が多い

火事かなってくらい煙を放っている餃子屋で餃子を食べたりしつつ,散歩。ココからはオムニバスで書きます。広蔵市場がよかった。ただ,よかったのと同じくらい呪詛の言葉もいただいた。昼ごろ,市場周辺をうろうろしていたら70歳くらいのおばあさんに道聞かれて,”No, I cant speak Korean.”言うたら鬼の形相で睨まれて呪詛の言葉。睨まんでも良くない?思わずのけぞった。
広蔵市場,食べ物の屋台しかなくて,おいているものはほとんど同じ。キムチと豆腐が具の餃子,チヂミ,キムチスープと麺,トッポッキ,などなど。差別化要因がないので,屋台の客引きがスゴイ。やいやい言われるのが嫌なので,結局二番目に商売っけのないところに座った。(一番商売っけのないおばあさんの店は,商売っけがなさすぎて12時の段階でまだ仕込みが終わってなかった)ニコニコしたおばさん達が手際よく手元を見ずに切った麺と,餃子を食べる。隣の中国人一家の一歳くらいの子供が大変かわいい。やはり手元を見ずに麺を切る様子をタイムラプス撮影シてきゃっきゃ言いながら食べ終わり,立ち上がったらよその屋台の人と目が合う。そこでそのおばさんが明らかに修羅の形相でこちらを向いていて,目が合ったら呪詛の言葉を吐いていた。向かいの屋台に行った客が腹立たしいのはわからんでもないけど,そんなに怒らんでも良くない?

タイムラプス楽しい

麺を切る様子だけでなく,鳩撮ったり市場の様子を撮ったり。もう気分はタイムラプサーであった。

みんな日本語すごい知っててびっくりした

感じの悪い店員のことしか挙げていないが,実際はほとんどが気の良い店員で,少数の感じの悪そうな店員も何か尋ねたり頼んだら迅速に応えてくれた。そのギャップにはじめは驚いたが,次第に慣れた。あと,日本語・英語を話せる人が多いことにも驚いた。日本でいうと,田舎の文房具屋のおばちゃんが英語喋れたり,ローカル線の駅員が韓国語喋れたりとか,ちょっと考えられないでしょ。日本語話者と韓国語話者の人数差とか,外国人が落とす金額の多寡とか,様々な要因が噛み合ってた結果だろうから単純に韓国の語学教育すごいって話にはならないだろうけど,それでも感心したなあ。

1,500円でリュック買った。

8年くらいの付き合いのやつ,そろそろお別れだなあと思って新調した。丸メガネの調子の良い若者が店員で,気持よく買い物出来た。

YOUみたいな店員

YOUみたいな雰囲気の,なんだろう,そんなにかわいくないのだけれどその佇まいとか所作がなんとも愛くるしいおばさんがいて,なんかめちゃくちゃドキドキした。

メガネをおみやげに買った

どういうおみやげがいいかわからなかったので,無難なブラウニーを大阪のおばちゃんが「これローソンでも売ってるんやけどな」「まあええやろ」という会話をしている横で購入した。なお,おばちゃんが買った理由を尋ねると日本で買うよりはちょっとだけ安いからだそう。ほんまかいな。
あとはキノコ達に向けて,韓国の人がかけてそうなメガネを購入した。これで細身のパンツを穿けば韓国若者のコスプレができる。あとは,水原というソウルを少し離れた土地の小さな文房具屋で一目惚れしたA1サイズの便箋を購入した。小さな巨人みたいなことになっていて何を言っているかわからないと思うが,A1サイズの便箋である。優しいタッチで優しそうな少女が描かれた便箋と封筒。これは水原希子さんに差し上げるつもりだ。水原だけに。

サムゲタン食べた

同行した友人が二年間ほどサムゲタンを作りたいと言っていて,勉強も兼ねて食べに行った。店に行った時間が11時と,ご飯時をやや外していたせいもあるかもしれないが,客の殆どが日本人だった。隣が日本人男性と韓国人女性のテーブルで,二人の関係性を推し量れなくてやきもきした。明らかに仲は良さそうになくて,女性がたいそう気を使って接待トークをしている。ただ,ビジネスパートナーという堅い雰囲気は全くなくて,水商売の方と客という関係性がしっくりくる。ただ,時間が昼の11時過ぎなのだ。夜や,明けた朝なら理解できるが,昼前ってどういうことだろうか,と頭をひねった。昨夜はお楽しみだったんでしょうか。この二人のぎくしゃくした日本語での会話を聞いていると,このぎこちなさが,女性の日本語の不得手によるものではなく,二人の信頼度合いと関係に飛躍があるからなのだとわかった。その飛躍を支えるものは,お金のつながりだろう。高いGDPから繰り出される資本主義の鉄槌を楽しみにして来た私は,日本人中年男性が嬉々としてこれを振るっている様子に辟易し,反省さえした。当然私はご飯に対してのみ行使するつもりだったので,完璧に同類ではないと自己弁護したい気持ちもあるし,その主張には一定の妥当性はあるだろうが,一方である程度は彼のお仲間で,これは紛れも無い事実だ。先日の焼肉屋で振り上げた資本主義の鉄槌が(結果的に)小さいものであったことに少しだけ安堵した。私が鉄槌で自分の頭の形を確かめている間に,友人はサムゲタンに満足し,もう作るのは良いかなと言っていた。今までラム肉や鹿肉,タン丸ごとなどを調理してきた私達は,次にどこに向かうことになるのだろうか。

帰国後

帰ってきてから韓国風のマッシュルームカットにしてもらった。しばらくは私も韓国の若者コスプレしようと思う。研究室のみんなには旅行のことは言っていないので,秘密のコスプレである。